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Yankee Hotel Foxtrot を、その制作と発表の時期を意識しながら聴くと、どこか奇妙な感覚があります。ウィルコはこのアルバムの大部分を2001年9月11日以前に録音し、その年の半ばにはリプリーズ(Reprise)に完成版を提出していました。それなのに、2002年4月にようやく通常の形で発売されたとき、この作品はまるで自分が送り出された世界のために作られていたかのように、不気味なほどよく馴染んで聞こえました。傷ついたコミュニケーション、疲れた愛情、アメリカ的なイメージ、機械的なノイズ、そして何気ない顔をした不安が、曲のあちこちに満ちています。「Jesus, Etc.」には、揺れる高層ビルや逃げていく声のイメージがあります。別の曲には「Ashes of American Flags」という題名がついています。そしてアルバムの最後では、謎めいた無線の声が、増幅していくノイズの壁の向こうで「Yankee Hotel Foxtrot」という言葉を繰り返します。これらはどれも9月11日を受けて書かれたものではありません。それでも事件のあとになると、少なくともその一部をあの体験と結びつけずに聴くことは、ほとんど不可能になりました。当時の批評も、後年の批評も、この作用に気づいていました。すでに存在していた音楽に、あの惨事が新しい額縁をはめたかのようでした。
だからこそ、Yankee Hotel Foxtrot を予言的なアルバムとして扱いたくなるのもわかります。これから起こることを、どういうわけか先に感じ取っていた作品だ、と。しかし、このアルバムがこれほど強く歴史を帯びて聞こえる理由としては、「予言」はおそらく最も面白くない説明です。ウィルコがテロ攻撃を予見していたわけではありませんし、年代を正しく並べ直せば、のちに不吉に聞こえるようになったイメージのいくつかも、それほど神秘的ではなくなります。より興味深い問いは、なぜ断絶の前に作られた音楽が、その後の世界であれほど自然に響いたのか、ということです。その問いを追うと、単なる偶然ではなく、このアルバムが生まれた文化的な空気へと行き着きます。Yankee Hotel Foxtrot が作られていた頃、いくつもの変化がすでに同時進行していました。1990年代後半の高揚した自信と、目に見える不安が共存し始めていました。ロック・ミュージシャンたちは、ノイズ、電子音、スタジオでの加工によって、なじみ深い作曲形式を分解し始めていました。アナログとデジタルの録音技術は重なり合い、旧来のレコード産業の仕組みは、レーベル側がその意味を理解していようといまいと音楽がインターネット上を流通できる新しい世界と衝突し始めていました。9月11日がこうした緊張を生み出したわけではありません。ただ、それまで見えにくかったものの一部を、突然見えやすくしたのです。
断絶の前からあった不安
まず考えなければならないのは、9月11日の直前の数年間が、ノスタルジーが描き出すほど心理的に単純な時代ではなかったということです。1990年代後半のアメリカには、ほとんど信じがたいほど自信に満ちた時代だったという、よく知られたイメージがあります。冷戦は終わり、経済は好調で、インターネットは人を解放する無限の可能性を秘めているように見え、テクノロジー企業はより接続された未来を約束していました。文化の世界にも、閉じていく世界ではなく開かれていく世界を映しているかのような、多彩な作品があふれていました。その見方には確かに真実があります。しかし同じ時代に、OK Computer、Kid A、Fight Club、American Beauty、The Sopranos、エリオット・スミスの最重要作品群、ベックやザ・フレーミング・リップスの奇妙なポップ作品も生まれています。そして音楽と映画の世界全体に、消費社会、孤立、テクノロジーによる疎外、うつ、そして豊かな環境のなかで心から生きている実感を得ることの難しさを見つめる作品群が広がっていました。1990年代後半は確かに活気に満ちていました。しかしその活気の下には、しばしば神経質なものが脈打っていたのです。
